僕たちは希望という列車に乗った

「信念を持つ」ということ。「自分で考える」ということ。

東西ドイツ第二次世界大戦の後、ドイツが東西に分断されていたとき、ベルリンも「西ベルリン」と「東ベルリン」に分かれていました。そのベルリンが東ドイツにあったと、ご存知でしたか?(地図の赤色のところにあったのが実際のベルリンの位置ですが)恥ずかしながら、私はベルリンに行くまで、ベルリンは(地図の青色のような感じで)東西ドイツの境界線にあって、西ベルリンは西ドイツにあり、東ベルリンは東ドイツにあるのだと思っていました。

統一されて10年ちょっと経った2000年代初期にベルリンを訪れたのですが、まだ東ベルリンだった地域は東っぽさが残っていました。ニューヨーク、ロンドン、東京など他の世界有数の大都会と比べると、ベルリンは空き地がたくさんあって建物が密集していない地域があり、共産主義の国によくある無機質でシンプルな建物が悠々と建っている、それが東側だったベルリンでした。

同じ年のベルリン都心部、写真左が西ベルリン側。写真右が東ベルリン側。
東西ドイツ

当時、若い人でもベルリンが東西に分かれていた時のことを覚えている人がたくさんいました。西側の出身の人とも東側の出身の人とも話したのですが、どちら側の人からもベルリンは「自由」を象徴するところだと言っていました。言論の自由や選択の自由がなかった東側の人にとって、自由がかけがえのないものだというのはすぐに理解できましたが、なぜ西側に人たちも?という疑問の答えは、ベルリンが東ドイツに位置したことにあります。

ベルリンの壁 西ベルリンは、周りを東ドイツに囲まれていた特殊な場所でアメリカ、イギリス、フランスが占領していたため、西ベルリンに住むドイツ人の国籍は厳密にいうと西ドイツではなく、西ドイツの徴兵制が適用されませんでした。そのため徴兵制度を嫌うリベラルな若者やアーティストたちやマイノリティの人たちが移り住んだこと、自由が保障されていない東ドイツが身近だったことから、自由であるということを誇りし大切にするという雰囲気ができていったのだそうです。

東西ドイツが分断されてから最初の数年は、東ドイツの人は自由にベルリンに行くことができて、西ベルリンにも入ることができました。多くの東ドイツ人が西側に流入(亡命)していったことから、1961年に東ドイツはベルリンの壁の建設を始めました。映画は、そんな東西ベルリンが壁で分断される数年前の東ドイツで実際に起こった実話に基づく話です。

未来には輝かしい希望が広がっている高校生たちの話で、若さや学生時代の青春を背景に、社会主義国家に住む主人公たちの正義感や信念と、打算や卑怯さの狭間で揺れ動く感じがとてもよく描かれています。平和であることと同じくらい、自由であることに慣れすぎている現代の日本に住む私たちにも通じるメッセージが込められています。

自分が今できること、自分で考えることの重要さ、考えたことを実行できるありがたさ、どういう社会に生きているのか、どんな社会で生きていたいのか、そういったことを考えさせられます。 暗く重くなりがちなテーマですが、男同士の友情や恋愛、家族愛なども織り交ぜながら、程よく軽やかにストーリーは展開していき、ぐっと引き込まれていき、飽きることなく最後まで観ることができます。

原作は映画の中の主人公のモデルとなったディートリッヒ・ガルスカ著の『沈黙する教室』、この映画の英語のタイトルは『The Silent Revolution(沈黙の革命)』。邦題は『僕たちは希望という列車に乗った』ですが、これ、なかなかいいタイトルだと思います。タイトルだけでなく、ストーリーも脚本も役者たちもメッセージもとても素晴らしいので、ぜひご覧ください。




<参考> TED ed による動画 「The rise and fall of the Berlin Wall(ベルリンの壁の盛衰)」は、ベルリンの壁ができた経緯をわかりやすく説明しています。(日本語の字幕も選べます)