中山教頭の人生テスト
日本が誇る名優・大杉漣の最後の主演映画『教誨師』が数々の映画賞を受賞し、続く『夜を走る』が多くの映画ファンに衝撃を与えた佐向大監督。そんな彼の最新作『中山教頭の人生テスト』は、とある“小学校”を舞台にしたヒューマンドラマだ。校長になるための昇進試験を控えるごく平凡な教頭先生が、さまざまな個性を持った児童や教師、保護者、そして自身の家族との関わり合いの中で、少しずつ成長していくさまを描いている。
物語の舞台は山梨県のとある小学校。この学校の教頭である中山晴彦は、ひょんなことから5年1組の臨時担任を務めることになる。かつては熱血教師だった彼がクラスを受け持つのは、ずいぶんと久しぶりのこと。どこにでもあるような小学校の、どこにでもあるようなクラスだが、じつは問題ばかりだ。そんな児童たちの日常に寄り添っていくうち、晴彦にもささやかな変化が訪れる。
主人公の教頭先生・中山晴彦を演じるのは、1998年に『ポルノスター』で俳優デビューを果たして以降、日本映画界を支え、牽引し続けてきた渋川清彦だ。2024年公開の『夜明けのすべて』や『箱男』での妙演も記憶に新しい彼が本作では、真面目な性格で周囲に流されやすく、校長には頭が上がらず、愛娘にも邪険に扱われる、そんなどこか頼りない教頭先生を好演している。渋川が体現する等身大の中年男性像は、この社会で他者と共生する私たちにとってある種の象徴的な存在として映るかもしれない。
脇を固める俳優陣にも力のある面々が揃った。規則や秩序を厳守する青葉小学校の校長先生・鷹森を演じるのは、『サッド ヴァケイション』や『わたしのお母さん』の石田えり。そして、何よりも児童たちの気持ちを一番に考える5年1組の正式な担任教師の椎名を演じるのは、連続テレビ小説『さくら』でブレイク後、ドラマ、映画、舞台で活躍を続ける高野志穂だ。この対照的なキャラクターに扮するふたりの俳優と渋川の掛け合いが、本作の見どころのひとつでもある。
さらに晴彦の娘・未散を、これが本格的な映画初出演となる希咲うみ、一癖も二癖もある教師役に『ひみつのなっちゃん。』の渡部秀、『キングダム2 遥かなる大地へ』の高橋努が扮しているほか、『蒲田行進曲』や『異人たちとの夏』の風間杜夫が教育委員会の教育長・岸本に扮し、圧倒的な存在感を示している。また、櫛田遙流、太田結乃、大角英夫らオーディションによって選ばれた若い才能たちが、瑞々しい演技で本作の世界観の構築に貢献しているのも要注目なポイントだ。
純真無垢なように見える子供たちが作り上げる“小学校”とは、ひとつの社会だといえるだろう。その外側から眺める景色と、内側に入り込んで触れる実態には大きな差がある。人間というのは、そんなに分かりやすい単純なものではないし、それは子供も大人も同じだ。誰だってときには間違いを犯してしまうこの社会において、聖人君子なんているのだろうか。ここには佐向監督が見つめる“人間”の姿がある。中山教頭が「人生テスト」の中で導き出す言葉たちは、観る者の心を優しく揺さぶるだろう。
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