スワンソング
Swan Song
G
アメリカ
トッド・スティーブンス
ウド・キア、ジェニファー・クーリッジ、アイラ・ホーキンス 、ステファニー・マクベイ
オフィシャルサイト
2021 Swan Song Film LLC


スワンソング

ヘアメイクドレッサーとして活躍してきたパトリック・ピッツェンバーガー、通称“ミスター・パット”にとっての「スワンソング」は、はたしてわだかまりを残したまま亡くなってしまった親友であり顧客のリタを、天国へと送り届ける仕事になるのか? 

 ヘアメイクの現役生活を遠の昔に退き、老人ホームでひっそりと暮らすパットは、思わぬ依頼を受ける。かつての顧客で、街で一番の金持ちであるリタが、遺言で「パットに死化粧を」とお願いしていたのだ。リタの葬儀を前に、パットの心は揺れる。すっかり忘れていた生涯の仕事への情熱、友人でもあるリタへの複雑な思い、そして自身の過去と現在……。

 ゲイとして生き、恋人との生活も送ったパットだが、最愛のパートナー、デビッドを早くにエイズで失っていた。リタの遺言によって、パットにはさまざまな思い出が去来していく。人生の最後に、人は何を残すことができるのか? そんな疑問に突き動かされるように、老人ホームを抜け出したパットが、多くの人と出会い、過去の自分と向き合うことで決意を固めていく。それは、ささやかな決意かもしれない。しかし、いつか誰もが向き合うことになる、人生最後の決断でもある。

 何かと話題になる「終活」というトピックを描くのはもちろんのこと、多くの人が人生で迷いを感じた時に背中を押してくれる、そんな勇気を与える感動作、それが『スワンソング』である。



実在の人物をモデルにしたハートフル・ムービーの誕生

 パトリック・ピッツェンバーガーは実在の人物がモデル。監督のトッド・スティーブンスは17歳の時にオハイオ州サンダスキーのゲイクラブで、ミスター・パットが踊っているのを見て、衝撃を受けたという。映画の道へ進んでから、いつか同郷のこの人気ヘアメイクドレッサーを題材にしたいと思い続け、その念願を叶えたのだ。自身もゲイであるスティーブンス監督による本作は、エイズが蔓延した1990年の時代から現在に至るゲイカルチャーを真摯に見つめ、ゲイカップルの描き方にも愛が満ちあふれている。社会的な立ち位置や相続問題などリアルなトピックも物語に取り込むことで、LGBTQ+映画の一本として、この『スワンソング』は誠実な仕上がりが達成された。



パットを演じるのは映画界の秘宝、ウド・キアー。まさにスワンソングともいうべき新境地!

 自身の内面と葛藤しながら、観る人に感情移入させる、まさに俳優冥利につきる主人公のパット役。これを託されたのは、ドイツ出身でハリウッド作品でも活躍する世界的名優、ウド・キアー。初期の『悪魔のはらわた』から、近年はラース・フォン・トリアー作品まで怪優ぶりも発揮するキアーが、その強烈な個性はそのままに、人生最後の仕事への逡巡をエモーショナルに表現。時には激しく感情をあらわにして、時には静かに哀感を漂わせ、共感を誘う名演技を披露する。共演は『プロミシング・ヤング・ウーマン』のジェニファー・クーリッジ、TVシリーズ「アグリー・ベティ」のマイケル・ユーリーら。ユーリーはゲイであると公言した俳優、TVプロデューサーとしても知られる。

 この『スワンソング』は、サウンドトラックも魅力。「あなたしか見えない」という日本語のカバー曲も生まれた、メリッサ・マンチェスターの「哀しみは心に秘めて(Don’t Cry Out Loud)」をはじめ、ジュディ・ガーランド、シャーリー・バッシー、ダスティ・スプリングフィールドなどの名曲が使われるのだが、その歌詞がストーリー、およびパットの心情に見事にシンクロしている。観終わった後も、歌詞とメロディが頭の中でリフレインするという、ニードルドロップ(既存の曲を映画音楽に使用すること)の成功例と言える一作だ。

 人は誰もが年齢を重ねる。そして時代とともに社会や生き方、価値観は大きく変わっていく。その中にあって、不変な何かもある。自分の使命が終わったと思っていたパットがもう一度、実力を示そうと決めたように、命が続く限り、人は新たな出会いと発見を繰り返し、希望を見出すことができる。そして知らず知らずのうちに、誰かの人生を変えることだってできる。

 『スワンソング』は、観る人すべてが“変わる”ポテンシャルをもった映画である。



<ストーリー>

ゴージャスに生き抜く。華麗に羽ばたく。

 オハイオ州の小さな町、サンダスキーの老人ホーム。  パトリック・ピッツェンバーガー(ウド・キアー)は、静かな余生を送っていた。ホームの職員から何か注意を受けても聞き流し、日課といえば食堂の紙ナプキンを自室に持ち帰り、丁寧に折り直すことくらい。しかしパトリックの心には過去の思い出がつねに去来していた。ヘアメイクドレッサーだった彼のサロンは街でも大人気。「ミスター・パット」と呼ばれ、顧客から愛されていたこと。そして愛する恋人デビッドとの生活と、早くに彼を失ったこと……。

 そんなパットを、ある日、弁護士のシャンロック(トム・ブルーム)が訪ねて来る。かつてのパットの顧客で、街でも一番の金持ちであったリタ・パーカー・スローン(リンダ・エヴァンス)が亡くなったというのだ。リタは「死化粧はパットに頼んでほしい」と遺言書に残していた。シャンロックによると、その報酬は2万5000ドルだという。驚くパットだが、リタへの複雑な思いや、すでに現役を引退した現実から、「ぶざまな髪で彼女を葬って」と言い捨て、申し出を断ってしまう。

 しかしパットはリタの遺言に動揺を隠せない。思い出の写真やジュエリーなどを久しぶりに手に取って眺めるうちに、輝いていた時間に思いを馳せる。そして同じホームに暮らす女性の髪を美しくセットし、自分の腕が衰えていないことにも気づく。本能に突き動かされるように、パットは老人ホームを抜け出すのだった。

 街の中心部までの長い距離を歩き続けるパット。デビッドの墓も訪ね、行く先々の人たちとの出会いを通し、リタの遺言を叶えてあげたい気持ちが芽生えいく。しかし、以前に暮らしていた街は様変わりしていた。デビッドと暮らした家の場所へ行くと、そこは更地になっており、新たな所有者に尋ねたところ、元の家に残っていたものはパットの帽子だけだと知らされる。エイズで亡くなったデビッドは遺言書を残しておらず、土地の抵当権は親族の甥に引き継がれていたのだ。

 リタの孫ダスティン(マイケル・ユーリー)とも会い、改めて協力を求められたパットは、弁護士のシャンロックの元へ向かい、リタのメイクアップを引き受けると伝える。道具を揃えるために前借りを頼むパットに対し、シャンロックはポケットマネーの20ドルを手渡すが、パットは現金をすぐにカフェのワインで使い切り、化粧品は万引きで調達する。しかしどうしても必要なヘアクリームだけは手に入らなかった。時代遅れとなったその商品を扱っていたのは、街でも人気のヘアサロンで、かつてパットの元で働いていたやり手のディー・ディー(ジェニファー・クーリッジ)の店だった。ディー・ディーと言い争った末に、パットはそのヘアクリームを貰い受ける。

 リタのメイクアップへの準備は整いつつあったが、老人ホームから出てきたジャージ姿で向かうわけにもいかない。パットは小さなブティックに立ち寄ると、偶然にも店主は、パットのヘアサロンに一度だけ来たことがある女性だった。パットも彼女を覚えており、感激した店主は「いつか似合う人が現れると思って取ったおいた」というグリーンのスーツを彼にプレゼントする。自分にぴったりのスーツに満足し、ドラァグクイーンとしてステージにも立った懐かしのゲイバーも訪れるパット。やがて意を決して葬儀場へ向かうが、最後の最後に、彼の心は揺れ動くのであった――。