THE MOLE(ザ・モール)
The Mole: Undercover in North Korea
G
ノルウェー・デンマーク・イギリス・スウェーデン合作
マッツ・ブリュガー
ウルリク・ラーセン
オフィシャルサイト
2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApSc


THE MOLE(ザ・モール)

この世には奇想天外なフィクションよりも、はるかに不思議な出来事がある。「事実は小説より奇なり」はまさにそれを表すことわざだが、デンマークのマッツ・ブリュガー監督が手がけたセンセーショナルなドキュメンタリー映画『THE MOLE(ザ・モール)』を観た者は、誰もが手に汗握って息をのみ、こう呟かずにいられないだろう。「事実はスパイ映画より奇なり」と。

本作が追求したテーマは、長らく国際社会が疑惑の目を向けてきた北朝鮮による海外への武器密輸問題だ。国連から厳しい経済制裁を受けている北朝鮮が、その締めつけをかいくぐって国家ぐるみの闇取引を行っている生々しい現場を、隠しカメラと盗聴用マイクで記録することに成功した。しかも命の危険を顧みずに潜入スパイとなり、前代未聞の衝撃映像の撮影を成し遂げた人物は、情報機関の工作員でもスゴ腕の記者でもない。プロフェッショナルな諜報の世界とは一切無縁の元料理人、すなわち素人の一般市民なのだ!



すべての始まりは、ブリュガー監督のもとに届いた一通のメールだった。その送り主であるコペンハーゲン郊外在住の元料理人ウルリク・ラーセンは、謎に満ちた独裁国家、北朝鮮の真実を暴くためのドキュメンタリーを作ってほしいという。ブリュガーは返答を濁したが、自らの意思でコペンハーゲンの北朝鮮友好協会に潜入したウルリクはたちまち信頼を得て、協会内でスピード出世を果たしていった。そして北朝鮮のピョンヤンでKFA(朝鮮親善協会)会長のアレハンドロという怪しげなスペイン人と出会い、違法の投資ビジネスに深く関わっていくことに。ウルリクから報告を受けたブリュガーは、元フランス軍外人部隊の“ジム”という男に偽の石油王ミスター・ジェームズを演じさせ、陰ながらウルリクの潜入調査を指揮していく。やがて世界各国でアレハンドロ、北朝鮮の要人や武器商人らとの商談を重ねたウルリクとジェームズは、その巨大な闇取引の全貌を隠しカメラに収めていくのだった……。



実に10年間におよぶこの信じがたいドキュメンタリーは、欧米、アジア、アフリカなど14ヵ国で撮られた映像で構成されている。ハリウッドのスパイ映画さながらの壮大なスケールだが、観る者をそれ以上に驚かせるのは、これまで分厚い謎のベールに覆われてきた北朝鮮による武器取引の実情が具体的かつ克明に記録されていることだ。とりわけ2017年、ピョンヤン郊外のスラム街の地下空間に足を踏み入れたウルリクとジェームズが、北朝鮮の高官らと直接交渉を交わし、契約書や売買価格付きの兵器リストなどの機密資料をコペンハーゲンに持ち帰るエピソードは衝撃的だ。

また本作は、見た目からしてごく平凡なデンマークの一般市民が、CIAさえ容易に情報を掴めなかった北朝鮮の国際的な闇取引のネットワークに潜り込み、その実態を赤裸々に暴いたことも未曾有の事例だ。ウルリクと架空の石油王に扮したミスター・ジェームズのコンビが、北朝鮮の関係者たちを巧みに欺きながら盗撮を重ね、想像を絶する闇取引の奥底へと踏み込んでいく様は正真正銘の“リアル”スパイ活動の記録であり、あらゆるフィクションを超えた究極のサスペンスと臨場感がみなぎっている。

この途方もない潜入調査を後方支援したマッツ・ブリュガー監督は、日本でも昨年公開された『誰がハマーショルドを殺したか』(2019)で話題を呼んだジャーナリスティックなフィルムメーカーである。映画デビュー作『ザ・レッド・チャペル』(2009)で北朝鮮の怒りを買い、入国禁止となった因縁を持つ北欧の鬼才が、ウルリクらが撮影した映像素材にナレーションや撮り下ろしのインタビュー・シーンを新たに加え、まさしく“全世界騒然”のスパイ・ドキュメンタリーを完成させた。

ちなみに本作は、昨年秋に英国BBCと北欧のテレビ局、今年2月には「潜入10年 北朝鮮・武器ビジネスの闇」という題名でNHK-BSにて放送され、大きな反響を呼んだ。あまりにもショッキングな内容ゆえに「本当にドキュメンタリーなのか?」という声が各方面から上がったが、専門家による映像の鑑定を行ったブリュガー監督は100%ノンフィクションだと言明。すでに国連とEUも本作の告発に関心を示しており、今後新たな国際調査へと発展していく可能性もあるという。

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